この記事の内容
旧齋藤家別邸
長岡花火情報室
長岡戦災資料館
河井継之助記念館
山本五十六記念館
山本五十六生家(復元)
長岡市街
本記事は新潟市と長岡市の観光地を訪れた際の記録です。
佐渡島から自宅に直帰するのは勿体ないので少し寄り道しました。
新潟市
旧齋藤家別邸
新潟市を代表する豪商が建てた別荘を見学しました。
建物が大きく豪華なのはもちろん、完璧に計算されて造られた庭が印象に残りました。
建物の陰にならず木々に光が当たり、かつ邸宅内から庭を見たときに順光となるよう庭を設計したという説明を読んだ時は、そこまで計算するのか…!!と感嘆しました。
庭って、そこまで考えて作るものなんですね。素人なので、敷地内の建物が無く空いてるスペースを適当に庭にするのかと思っていました。
長岡市
長岡花火情報室(アオーレ長岡)
長岡駅直結のビル、アオーレ長岡内にある花火を紹介する施設
長岡といえば花火が有名ですね。
こじんまりとした展示室に置かれた、打ち上げ花火で用いられる筒の存在感が凄かったです。
長岡戦災資料館
駅から徒歩約5分の資料館
日本が劣勢になるにつれ、長岡市など地方都市も激しい空襲を受けるようになったそうです。館内には、空襲時に投下された焼夷弾の模型が展示されていました。
その他には、新潟市が原爆投下候補地の1つであったこと、そのため長岡に模擬原爆が投下されていたことを知りました。模擬爆弾まで製造して原爆投下シミュレーションを行っていたとは…
河井継之助記念館
長岡市を観光して初めて河井継之助という武士を知りました。
藩政の改革に尽力し、戊辰戦争では新政府軍と激しい戦いを繰り広げたとのことでした。
新政府軍との和平交渉に尽力するも決裂してしまい、戦争に巻き込まれていったことが印象に残りました。
山本五十六記念館
非常に有名な軍人 山本五十六の記念館を訪れました。
ここで初めて長岡市出身ということを知りました。
直筆の手紙や撃墜され戦死した時に搭乗していた航空機の一部が展示されていました。
勉強に励むと共に海外留学を経験し、幅広い知識を持っていたこと、開戦に反対していたことが解説されていました。
山本五十六生家(復元)
記念館からほど近い場所に復元された山本五十六の生家を訪れました。元々の家は空襲により焼失してしまったそうです。開放されており中に入ることができました。
長岡市街
訪れた時期は8月でめちゃくちゃ暑かったですね。新潟でもここまで気温上がるのか…と驚きました。
大通りの歩道にはアーケードがあり、日差しを避けることができました。が、本来の目的は大量の雪が降る冬でも歩きやすいよう整備されたものだと思われます。
豪雪地ならではの工夫だと思いました。
新潟市と長岡市を観光した後、上越新幹線に乗り帰路につきました。
以上で新潟旅行記録の本編(?)はおしまいです。
次の記事では、旅費や反省点など本旅行の総括を記します。
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