吉見百穴・武蔵松山城跡(埼玉県):不思議で興味深い穴たち

関東
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はじめに

本記事は埼玉県を旅行した際の記事です。前回(川越観光)の記事の続編とも言えますね。
埼玉県の有名な史跡である吉見百穴を訪れました。
吉見百穴は以下の通り↓

先の記事で記した川越の少し北に位置します。

都心からのアクセスは以下のような感じですね。
東京駅→鴻巣駅(上野東京ライン)、鴻巣駅からはバス
新宿駅→東松山駅(副都心線)、東松山駅からはバス
いずれの場合でも1時間半~2時間くらいかかりますね。

都心からやや遠いためか、週末にも関わらず観光客は少なめで快適に観光できました。

吉見百穴

鴻巣駅からバスに揺られること約30分で吉見百穴近くのバス停(その名も百穴入口)に到着。

自動車で来る人も多いのか、広い駐車場がありました。入場券を購入して中に入ると、いきなり山肌に多数の穴があいた景色が広がります。

看板に解説が記載されており、これらの穴はお墓であることを知りました。一部の穴には開放されており中に入ることもできました。
あまりお墓という感じがしないのか、中に入って楽しんでいる子どもがいましたね。

古墳時代にできたお墓のようですが、当時の人達がどのようにして山肌に多数の穴を開けたのか気になります。ほぼ人力でノミを使って削り出したのだとは思いますが、当時は貴重だったと思われる鉄を山に穴を開けるために消費するとは、穴の主はお金持ちだったのでしょうか。想像が膨らみます。

また、ヒカリゴケが自生していたり、古墳の一部が先の大戦時に軍事用に改造されていたり、見どころが多く勉強になる場所でした。ちなみに軍事施設については、立入禁止になっていました。一般公開されたら見学してみたいです。

掘りやすい山という点が着目され、戦時中に空襲対策として地下施設が設置されたと推測。

武蔵松山城跡

吉見百穴のすぐ近くにある武蔵松山城跡に訪れました。

階段の先から本丸跡までは、ちょっとした山道でした。

武蔵松山城は、関東平野における軍事的に重要な拠点であったらしく、この城を巡っての攻防戦が繰り広げられたとのことです。
本丸跡まで登ると看板はありましたが、当時の建造物は無いようでした。

本丸までのは距離は短いですが山道になっており、訪れる際には歩きやすい靴が良いですね。ちょっとした散歩、ハイキングに丁度良いと感じました。やはり城ですので、本丸まではそれなりの山道になっていました。

本丸跡までの道 散歩やハイキングには丁度良いかも

岩室観音堂

帰り際に武蔵松山城跡、吉見百穴の近くにある観音堂に立ち寄りました。

観音堂は木造です。階段があり2階に上がることができました。

観音堂周辺の山も削られており、削られてできた空間の中には、沢山のお地蔵さんがいました。吉見百穴もそうですが、このあたりの山は削りやすい地質なのでしょう。

感想

今回の旅行では、主に吉見百穴と武蔵松山城を巡りました。古墳時代の史跡と戦国時代の城がすぐ近くにあるのは、何か歴史的に意味があるのか…?などと考えてしまいます。少なくとも古墳時代から戦国時代を経て現代に至るまで、関東平野は人が住むのに適した場所のようです。

本記事冒頭にも記しましたが、吉見百穴へのアクセスは今回利用した鴻巣駅からバスのほか、東武東上線・東松山駅からもバスでアクセス可能です。

鴻巣駅には駅直結のショッピングセンターがあり、多くの人で賑わっていました。

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